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松江地方裁判所 昭和39年(行ウ)1号 判決

原告 佐々木フジ 外三名

被告 島根県収用委員会・国

訴訟代理人 平山勝信 外六名

主文

一、原告らの被告島根県収用委員会に対する請求をいずれも棄却する。

二、被告島根県収用委員会が昭和三九年三月一〇日付でなした島根県江津市大字都野津字ツノス二、二六七番地四畑四〇坪九勺のうち二〇坪一勺についての裁決中、損失補償金を次のとおり変更する。

(一)  損失補償金の総額

金四五万八、七六一円

内訳 収用土地に対する損失補償金

三〇万六、一五三円

残地に対する損失補償金

一五万二、六〇八円

(二)  各人別の損失補償金

佐々木フジに対し 金一五万二、九二〇円

佐々木隆一に対し 金一〇万一、九四七円

佐々木亮治に対し 金一〇万一、九四七円

佐々木敬勝に対し 金一〇万一、九四七円

三、原告らの被告国に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用中、原告らと被告島根県収用委員会との間に生じた部分は原告らの連帯負担とし、原告らと被告国との間に生じた部分はこれを二分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告島根県収用委員会に対する第一次請求―「原告らと被告国との間の国道九号線改築工事にかかる土地収用裁決事件につき、被告島根県収用委員会が昭和三九年三月一〇日なした裁決は、これを取消す。」との判決。

(二)  被告国に対する第二次請求―「被告国は原告佐々木フジに対し金一七万三、六七六円、同佐々木隆一、同佐々木亮治、同佐々木敬勝に対し各金一一万五、七八四円を支払え。」との判決。

二、被告島根県収用委員会

「原告らの被告島根県収用委員会に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

三、被告国

(一)  本案前の申立―「原告らの被告国に対する訴えを却下する。」との判決。

(二)  本案に対する申立―「原告らの被告国に対する請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、請求原因

一、被告委員会に対する第一次請求の請求原因

(一)  被告国は、一級国道九号線改築工事につき、起業者として、昭和三九年一月二一日被告島根県収用委員会(以下被告委員会という)に対し、原告らが原告佐々木フジ(以下原告フジという)三分の一、その余の原告ら各九分の二の持分をもつて共有する島根県江津市大字都野津二、二六七番地四畑四〇坪九勺の内二〇坪一勺(以下本件収用土地という)の収用の裁決を申請し、昭和三九年三月一〇日被告委員会はこれを収用する旨裁決した(以下これを本件裁決という)。

(二)  本件裁決は同年同月一四日頃原告らに送達された。

(三)  本件裁決には次のとおりその審理手続及び内容に違法があるから、取り消さるべきである。

(1) 審理手続の違法

(イ) 土地収用法六二条違反

被告委員会は、本件裁決のための昭和三九年三月三日の第一回審理期日において、原告側から出頭した原告佐々木亮治(以下原告亮治という)と被告国の意見を聴くに当り、原告亮治及び被告国の関係者双方を交互に退席させる措置をとつたが、これは審理の公開を定めた土地収用法六二条に違反するものである。仮りに、審理の必要上から右のような措置をとることが許されるとしても、その場合には、退席した一方の当事者に他方の当事者の陳述の要領、結果を知らしめ、これに対して反論する機会が与えられなければならない。しかるに、被告委員会は原告亮治に被告国の意見を了知させ、これに対して反論する機会を与えず、最終的には、原告らが了知できなかつた被告国の意見及びその提出した鑑定書のみに基づいて審理をおえ本件裁決をしたものであるから、右審理手続はやはり同条に違反するものである。

(ロ) 同法四六条二項、同法施行令四条二項違反

被告委員会は本件裁決のための第二回審理期日を昭和三九年三月一〇日午前九時三〇分と指定し、原告佐々木敬勝(以下原告敬勝という)に対してこれを郵便で通知した。

ところで、土地収用法施行令四条二項は書類の送達につき民事訴訟法一七七条を準用している。従つて、被告委員会は右期日の通知につき送達報告書を作成、提出させなければならない義務があるのに、これを作成、提出させなかつたのであるから、右手続は土地収用法施行令四条二項に違反する。仮りに、送達報告書以外の方法によつて送達を証明できれば適法であるとしても、原告敬勝に右期日通知の郵便が送達されたのはその前日である同月九日の夕刻であつたため、大阪府豊中市居住の同原告には松江市で開かれる右期日に出頭する時間的余裕がなく、出頭する機会を奪われたまま審理が終結された。右送達は土地所有者等にあらかじめ審理期日及び場所を通知すべきことを定め、もつて土地所有者等を審理に関与させることをはかつた土地収用法四六条二項の趣旨に反するものである。

(ハ) 同法六五条一項違反

原告亮治は本件裁決のための第一回審理期日において本件収用土地の現地調査を申請したところ、被告委員会はこれを採用し、昭和三九年三月一〇日の第二回審理期日に参考人井上吉太郎の審問を行ない、次に本件収用土地の現地調査を行なう旨決定した。しかるに右期日に原告らが出頭しなかつたため、被告委員会は原告らに何らの通知もなさずして本件収用土地の現地調査を中止し、審理を終結した。このため原告らは現地調査において詳細な補足意見を述べる機会を失つた。右のような審理の進め方は不公正不誠実であり、同法六五条一項に違反するものである。

(2) 裁決内容の違法

土地収用法二〇条三号によると、土地収用のための事業の認定は、土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものでなければならないところ、被告国の一級国道九号線改築工事中、本件収用土地を含む江津市大字都野津から同市大字敬川間の一、四九一メートルの区間の事業計画(以下本件事業計画という)は次の(イ)ないし(ニ)の点で土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものとはいえないにもかかわらず、建設大臣はあえてこれを土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと判断し、本件事業計画に基づく事業の認定を行なつた。これは右法条に違反するものであるから違法であり、瑕疵ある事業認定を前提としてなされた本件裁決もまた違法である。

(イ) 一般に道路はできるだけ直線を選んで建設されるべきであり、現に国道九号線改築工事においても、右区間を除けばほとんど直線路が採用されているにもかかわらず、本件事業計画に基づいて建設された現国道(以下本件国道という)は見通しの悪い蛇行道路である。

(ロ) 本件国道は次の点で都野津の発展を妨げ、住民に大きな損害を与えている。

(i) 本件国道は国鉄都野津駅の駅舎から一五〇ないし二〇〇メートルも離れている。もし前記区間を直線路とした場合は国道と都野津駅前広場とが接することになり、都野津の発展に寄与することになつたはずであり、このことは、江津駅前においては駅舎から約二〇メートルの距離に国道路線があり、これが江津市の発展に寄与している事実から明らかである。

(ii) 本件国道は都野津の市街地で駅前通りと斜交しているため交通上非常に危険であり、現に右交差点では交通事故がひん発している。もし、前記区間を直線路としておれば国道は駅前広場と接することになり右のような危険は生じなかつたはずである。

(ハ) 前記区間は新設工事であるから直線路の計画をなすことは容易であつて、その場合には道路敷地にかかる戸数は本件国道の一一戸より少なく、買収費用もより低廉となつたはずである。

(ニ) 本件国道路線は都野津の市街の現状を認識せず、地区住民の意見すら聴かずに独断的に決定されたものである。

二、被告国に対する第二次請求の請求原因

(一)  収用補償金増額請求

被告委員会は、本件裁決において本件収用土地に対する損失補償金を金二〇万〇、一〇〇円(各人別損失補償金は、後記(二)の残地補償金と合わせて、佐々木フジに対し金七万三、三九三円、佐々木隆一に対し金四万八、九二九円、佐々木亮治に対し金四万八、九二九円、佐々木敬勝に対し金四万八、九二九円)とした。しかし、本件収用土地の昭和三九年三月一〇日における価格は一坪当り金二万五、〇〇〇円であつたから、被告国は前記原告らの本件収用土地の所有持分に応じ、原告フジに対し金一六万六、七五〇円、その余の原告に対し各金一一万一、一六六円を支払うべきであるにもかかわらず、本件裁決における右損失補償金額に従い、一坪当り金一万円の割合により原告フジに対し金六万六、七〇〇円、その余の原告らに対し各金四万四、四六六円を弁済供託しているにとどまるので、被告国はその差額金として原告フジに対し金一〇万〇、〇五〇円、その余の原告らに対し各金六万六、六〇〇円を支払う義務がある。

(二)  残地補償金増額請求

被告委員会は、本件裁決において島根県江津市大字都野津二、二六七番地四畑四〇坪九勺から本件収用土地を除いた部分の土地二〇坪八勺(以下本件残地という)に対する損失補償金を金二万〇、〇八〇円とした。しかし、右損失補償金はこれを一坪当り金一万二、〇〇〇円とすべきである。本件国道は本件残地より約五〇センチメートル高く土盛りされているため、原告らが本件残地を従来の目的(現在は畑であるが近く宅地として使用する予定のものでいわば準宅地である)に供するためには国道と同一の高さにまで盛土しなければならない。何とならば、本件残地はその排水が北へ流れる地形であるところ残地の北側に国道ができたため盛土をしなければ本件残地に排水がたまつて使用不能となるからである。そして、右盛土に必要な費用は一坪当り金一万二、〇〇〇円であるから、この金額を本件残地の損失補償金算定の基準とすべきである。従つて、被告国は原告らの本件残地の所有持分に応じ、原告フジに対し金八万〇、三二〇円、その余の原告らに対し各金五万三、五四六円を支払うべきであるにもかかわらず、本件裁決における前記損失補償金額に従い、一坪当り金一、〇〇〇円の割合により金員を弁済供託しているに止るので、被告国はその差額金として原告フジに対し金七万三、六二六円、その余の原告らに対し各金四万九、〇八四円を支払う義務がある。

(三)  よつて、被告国に対し、原告フジは右(一)、(二)の各金額の合計金一七万三、六七六円、その余の原告らは各自右(一)、(二)の各金額の合計金一一万五、七八四円の支払を求める。

第三、第一次請求の請求原因事実に対する被告委員会の答弁並びに主張

一、請求原因(一)、(二)の事実はいずれも認める。

二、同(三)(1)(イ)の事実中、被告委員会が第一回審理期日において、原告亮治と被告国の意見を聴くに当り、原告亮治及び被告国の関係者双方を交互に退席させた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

被告委員会は常に審理を公開して行なつた。第一回審理期日において当事者の意見を聴くに当り、原告亮治及び被告国の関係者を交互に退席させたのは、むしろ双方に自由かつ卒直な意見を開陳させるために必要と認めたためであり、右措置をとつた後は双方を入室させ、原告亮治に対しても意見を述べる機会を十分に与えた。又、原告らは、原告らに了知させなかつた被告国の意見及びその提出した鑑定書のみに基づいて審理をおえ本件裁決をした旨主張するが、被告委員会は、土地収用法四三条に基づき原告らが提出した昭和三九年二月八日付意見書、第一回審理期日における原告亮治の意見、同原告の請求により同法六五条に基づき被二回審理期日において行なつた参考人井上吉太郎の審問の結果及び同原告の提出した昭和三九年二月八日付上申書等一切の資料を十分に検討したうえ本件裁決をしたのである。

三、同(三)(1)(ロ)の事実中、被告委員会が第二回審理期日を昭和三九年三月一〇日と指定し、原告敬勝に対してこれを郵便で通知した事実及び原告敬勝に右郵便が送達されたのは同月九日であつた事実はいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

被告委員会は原告敬勝に対し第二回審理期日を昭和三九年三月四日に速達郵便にて通知した。右郵便はたまたま同月九日にしか送達されなかつたが、通常の場合であればもつと早く到達したはずであり、原告敬勝が第二回審理期日に出頭する時間的余裕かなかつたとしても、それは被告委員会に帰すべき事由によるものではない。

四、同(三)(1)(ハ)の事実中、被告委員会が第一回審理期日において、参考人井上吉太郎の審問を第二回審理期日に行なう旨決定した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

被告委員会は既に昭和三九年二月二二日に現地調査を行なつており、さらに調査する必要はなかつたのであるから、原告らに対し現地調査をする旨発言するはずがない。

五、同(三)(2)の事実中、建設大臣が本件事業計画を土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと判断して右事業計画に基づく事業の認定を行なつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

建設大臣は以下に述べる理由から本件事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであると判断したうえ本件事業計画に基づく事業の認定を行なつた(昭和三八年一〇月二四日告示)のであり、建設大臣の右事業認定は行政庁としての裁量権の限界を越えるものではなく、適法かつ妥当なものであり、従つて、本件裁決の内容は違法、不当ではない。

(一)  本件事業計画は、昭和三六年度を初年度とする新道路整備五カ年計画に基づいて昭和四〇年度までに第一次改築を完了する予定の一級国道九号線改築工事の一部であり、原告ら主張の区間の改築工事に関するものであつた。右区間の旧国道は山陰唯一の重要幹線で都野津の市街地を通つていたのであるが、その幅員は五メートル程度に過ぎず、屈曲も比較的大きくかつ多く、最近の激増する交通量に対してよくその機能を全うすることができない状態にあつたため改築が要請されていた。そして、本件事業計画はこの区間に幅員を八・五メートル、最小屈曲半径を三〇〇メートル、横断勾配を一・五パーセントの舗装道路を構築するものであつた。

(二)  本件事業計画は右区間の旧国道の拡幅ではなく新たに路線を建設するものであり、その決定に当つては次のような諸因子が考慮された。

(イ) 道路構造は道路構造令に合致するものであること。

(ロ) 用地取得費、工事費等の事業費が経済的に合理的であること。

(ハ) 都市計画的見地から合理的であり、沿道開発にも有望であること。

(三)  そして、本件国道に路線が決定されるまでにはいくつかの路線案が考えられた。まず、旧国道の拡幅案であるが、この案は旧国道が都野津の市街地の中心を通つており、屈曲も多くかつ大きいところから、その拡幅には用地取得上及び道路構造令上、経済的技術的に難点があつた。次に、海岸線沿いの路線が考えられたが、この場合は二カ所で山陰本線と交叉する難点があるほか、地元都野津の市街地とはほとんど無縁のものとなり、都市計画的ないし沿道開発上の見地から相当でないと考えられた。

又、原告ら主張のように前記区間に直線の路線を設けた場合には、国鉄都野津駅の駅前広場を道路が通ることとなつて駅前広場の効用を妨げ、かつ、交通上のあい路を作る結果ともなるという大きな欠陥がある。このような欠陥がなければ、右路線設置は技術的にも極めて容易で、しかも経済的にも本件国道線とさして変りはないから右路線を選んだであろう。

以上のような点を考慮の末、別紙図面記載の第一ないし第四案の路線案が残されたが、このうち比較的直線に近い第二案では都野津の市街地が鉄道、旧国道、新国道によつて三分される形となり、これら幹線交通路と市街地内道路が多くの個所において交錯する結果となつて都市計画的に好ましくないばかりでなく、二四戸が道路にかかることになり、補償費は第一案(一一戸が道路にかかる)の約二倍に達する。次に、第三及び第四案は曲線数においては第一案(最小屈曲半径三〇〇メートル。道路構造令上最小屈曲半径は第二種平地部で二〇〇メートル、特別の場合は一〇〇メートルまで許されている)と大差なく、その上第二案の場合とほぼ同数の家屋が道路にかかり、加えて右第三及び第四案の場合は家屋の密集地帯を通ることとなり、その家屋も大きいものが多く、補償費の増加はともかくとして用地の買収自体が困難視された。

以上のような検討の結果、結局第一案(本件国道路線)が決定されたのである。

第四、第二次請求に対する被告国の本案前の主張

原告らの被告国に対する請求は、原告らの被告委員会に対する請求が認容されない場合の予備的請求であり、いわゆる主観的予備的請求の併合に当るものであるが、かかる訴訟形式は被告国の訴訟上の地位を著しく不安定ならしめるものであつて、民事訴訟法上許されない不適法なものである。

第五、第二次請求の請求原因事実に対する被告国の答弁並びに主張

一、請求原因(一)の事実中、被告委員会が原告ら主張のとおりの裁決をし、被告国が原告ら主張のとおりの金員を弁済供託している事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件収用土地は本件裁決時において地目は畑でかつ、現に畑として耕作されていたが、附近の状況を勘案して価格算定上準宅地として評価された。そして、一坪当り金一万円の価格は建設省直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準を基礎とし、これに日本不動産研究所(広島支所)、松江地方法務局江津出張所、浜田税務署等の評価を参考として算定されたものであり、近傍類似の取引価格と比較しても相当なものである。このことは、本件収用土地附近の本件収用土地よりも条件のよい土地を同じく国道九号線敷地とするために被告国が買受けた時の価格が一坪当り金一万二、〇〇〇円であつたことに照らしても明らかである。

二、同(二)の事実中、被告委員会が原告ら主張のとおりの裁決をし、被告国が原告ら主張のとおりの金員を弁済供託している事実は認めるが、その余の事実は否認する。

本件残地は従来畑として利用されているものであり、本件裁決に基づく収用後も畑として使用することが可能であつて、収用により特に残地の価格が減じたとは認められなかつたが収用により若干の影響があるやも知れなかつたので一坪当り金一、〇〇〇円の損失補償がなされたのであり、それ以上の損失補償をすべき理由はない。

第六、被告らの主張に対する原告らの答弁

一、被告委員会の主張事実中、原告らが被告委員会に対し、昭和三九年二月八日付の意見書を提出したこと、被告委員会が第二回審理期日において参考人井上吉太郎の審問を行なつたこと、国道九号線中原告ら主張の区間の旧国道の状況及び本件事業計画中の道路の幅員、最小屈曲半径、横断勾配等がいずれも被告委員会主張のとおりであることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

二、被告国の主張事実はすべて否認する。

第七、証拠〈省略〉

理由

一、被告委員会に対する第一次請求について

(一)  原告ら主張の請求原因(一)、(二)の各事実はいずれも当事者間に争いがない。そこで、まず本件裁決の審理手続が違法であつた旨の原告らの主張につき判断する。

(1)  土地収用法六二条違反の主張について

被告委員会が本件裁決のための昭和三九年三月三日の第一回審理期日において、原告亮治と被告国の意見を聴くに当り、原告亮治及び被告国の関係者双方を交互に退席させる措置をとつた事実は当事者間に争いがない。ところで、土地収用法六二条に定める審理公開の原則とは本来審理の傍聴が許されるという趣旨であつて、同条は審理期日において出席した土地収用に関する当事者を退席させることができるか否かについては規定していない。しかし、同条が審理の公正を期することを目的として設けられた点から考えれば、審理期日において出席当事者を退席させることはできる限り避けるべきであり、止むを得ない事由により右の措置がとられた場合には、退席した一方当事者に他方の当事者の陳述の要領、結果を知らしめ、これに対する反論の機会が与えられなければならないのであつて、かような事後措置が講じられなかつた場合は当該審理が違法となることもあり得ると解すべきである。ところで、本件の場合証人山本信吉の証言によれば、被告委員会は当事者双方に自由かつ卒直な意見を述べさせるという審理の必要上から前記措置をとつた事実が認められるが、当事者間に激しい感情的対立があるため対席した状態では双方が十分に意見を述べられない等の特別の事情がない以上、右のような審理上の必要性のみではいまだ止むを得ない事由には当らないと解すべきである。しかし、証人福原武の証言によつてその成立が認められる丙第一号証、同証人及び証人山本信吉の各証言によれば、被告委員会は前記措置をとつた後は当事者双方を入室させ、原告亮治に対して意見を述べる機会を十分に与え、同原告も意見を述べたうえ、自らが提出した意見書(丙第二号証)に記載されている損失補償の点について参考人井上吉太郎及び山根寅一郎の審問を請求している事実が認められるのであつて、これらの事実をも併せ考えるときは、被告委員会の前記措置は妥当なものとは言えないが、いまだ違法であると断ずることはできない。

また、被告委員会は審理の一還として昭和三九年三月一〇日の第二回審理期日には、原告亮治の右請求に基づき参考人井上吉太郎の審問を行なつている(この事実は当事者間に争いがない)のであるから、被告委員会は原告らに了知させなかつた被告国の意見及びその提出した鑑定書のみに基づいて審理をおえ本件裁決をした旨の原告らの主張も採用することができない。

(2)  同法四六条二項及び同法施行令四条二項違反の主張について

被告委員会が第二回審理期日を昭和三九年三月一〇日午前九時三〇分と指定した事実は当事者間に争いがない。ところで、証人山本信吉、同福原武の各証言によれば、被告委員会は、原告敬勝に対する右期日の通知については送達報告書を作成、提出させなかつたことが認められ、右は土地収用法施行令四条二項、民事訴訟法一七七条に違反するものと考えられる。しかし、土地収用法施行令四条二項が民事訴訟法一七七条を準用し送達報告書を作成、提出させることを義務づけている所以は、これによつて送達を明確ならしめることにあると考えられるところ、本件においては、原告敬勝に対して第二回審理期日通知の郵便が送達された事実自体は当事者間に争いがないのであるから、被告委員会が原告敬勝に対する前記期日の通知につき送達報告書を作成、提出させていなくとも右送達の効力には何ら影響がないのであつて、これをもつて本件裁決を取り消すべき違法があつたということはできない。

さらに、原告敬勝に前記期日通知の郵便が送達されたのは同月九日であつたことは当事者間に争いがなく、公文書であつて真正に成立したものと認められる丙第四号証によれば、右郵便は同月六日に配達が試みられたが、受取人不在のため豊中郵便局に持ち帰られ、さらに翌七日及び八日にも配達が試みられたがやはり受取人不在であつたため九日に初めて配達された事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、前記期日通知の郵便が九日に原告敬勝に送達されたのは受取人不在という専ら原告敬勝自身に帰すべき事由によるものであつて、被告委員会に手落があつたとはいえないから、この点に関する原告らの土地収用法四六条二項違反の主張も採用することができない。

(3)  同法六五条一項違反の主張について

原告亮治が前記第一回審理期日において本件収用土地の現地調査を申請した事実は本件全証拠によつてもこれを認めることはできない。かえつて、前掲丙第一号証、証人山本信吉、福原武の各証言によれば、第一回審理期日においては原告亮治から右のような申請はなく、被告委員会においても本件収用土地については既に昭和三九年二月二二日に現地調査ずみであつたから、さらに現地調査をなす決定はしなかつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上のとおりであつて、本件裁決の審理手続が違法であつたとは認めることはできない。

(二)  次に原告らは本件裁決の内容が違法であると主張するので判断するに、建設大臣が本件事業計画を土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものと判断し、本件事業計画に基づく事業の認定を行なつたことは当事者間に争いがない。そこで建設大臣の右事業認定が土地収用法二〇条三号に違反するものであつたか否かにつき以下原告らの主張に従つて検討する。

(1)  原告らは本件国道が見通しの悪い蛇行道路であると主張するところ、証人山根寅一郎の証言によれば、本件国道は短距離の間に比較的カーブが多いことが、又、検証の結果によれば、本件国道は本件収用土地の北東側及び南西側においてカーブしている事実がそれぞれ認められるが、右事実のみから直ちに本件国道が見通しの悪い蛇行道路であると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2)  次に、原告ら主張の本件国道が都野津の発展を妨げ、住民に損害を与えているとの点につき判断するに、検証の結果によれば、本件国道は国鉄都野津駅の駅舎から約一〇〇メートル離れた地点を走つている事実が認められるが、一方証人小川知和の証言によれば、都野津において国道九号線を利用する交通機関のほとんどは通過交通であることが認められ、この事実から推すときは本件国道が国鉄都野津駅の駅舎から多少離れていたとしてもそのことにより国道九号線を利用する交通機関と国鉄との相互利用において不便であるために都野津の発展を阻害するとは認められない。もつとも、検証の結果、証人山根寅一郎、佐々木幸重、小路秀男の各証言によれば、本件国道は駅前通りと斜に交差しているため、右交差点では左右の見通しが悪くかなりの交通事故が発生していること、都野津の市街は従来碁盤の目のように整然と区画されていたが、本件国道が市街地を斜に走るように建設されたため町並の調和が乱された事実がそれぞれ認められ、本件国道には右のような点で欠陥があることは否めないところであるが、これらの事実のみでは本件国道が都野津の発展を妨げ、ひいては土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものでないと認めるには十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(3)  さらに、原告らは、直線路にすれば本件国道より買収費用が低廉ですんだはずであると主張するが、右主張事実はこれを認めるべき証拠がなく、かえつて、証人小川知和の証言によれば、原告ら主張のように直線路にした場合も本件国道とほぼ同数の戸数が道路敷地にかかることが認められ、従つて、その補償費もほぼ同額となることが推認される。

(4)  最後に、原告らは、本件国道路線が都野津の住民の意見をほとんど聴かないまま決定されたと主張し、証人山根寅一郎、井上吉太郎、小川知和の各証言によれば、右事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そして、道路の建設は地区住民にとつて大きな利害を及ぼすものであるから路線決定に当つては住民の意見を聴くことが望ましいが、これがなされずに決定されたからといつて、その故をもつて直ちに本件国道が土地の適正かつ合理的な利用に寄与しないものであるということはできない。

(5)  ところで土地収用法二〇条三号の「適正かつ合理的な利用」とは当該物件の収用等について客観的な必要性がある場合を指称するので、本件事業計画につき右のような必要性があるかどうかにつき検討する。

本件事業計画が昭和三六年度を初年度とする新道路整備五カ年計画に基づいて昭和四〇年度までに第一次改築を完了する予定の一級国道九号線改築工事の一部であり、本件収用土地を含む江津市大字都野津から同市大字敬川間の一、四九一メートルの区間を対象としていること、右区間の旧国道は山陰唯一の重要幹線で都野津の市街地を通つていたが、その幅員は五メートル程度に過ぎず、屈曲も比較的大きくかつ多く、最近の激増する交通量に対してよくその機能を全うすることができない状態にあつたため改築が要請されていたこと、本件事業計画はこの区間に幅員を八・五メートル、最少屈曲半径を三〇〇メートル、横断勾配を一・五パーセントの舗装道路を構築することをその内容とするものであることは当事者間に争いがない。そして前掲丙第一号証、証人小川知和の証言、弁論の全趣旨並びに右争いのない事実を総合すると、建設大臣は、被告委員会が前記第三、五、(二)及び(三)に主張するような諸事情を認定し、これを総合勘案した結果、本件国道路線に国道九号線を建設することが道路構造上の技術的基準並びに現地の実情から見て合理的かつ相当であると判断して本件事業計画に基づく事業の認定を行なつたことが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。そして前掲各証拠及び右認定事実を照し合せると、建設大臣の右判断に事実誤認があつたとは認められず、又その判断が社会観念上妥当性を欠いているとはいえないので、本件事業計画には客観的な必要性が存するものと認めるのが相当である。

従つて、建設大臣の本件事業計画に基づく事業の認定は適法でありこれを前提とする本件裁決も適法である。

(三)  以上の次第であるから、原告らの被告委員会に対する本件裁決の取消を求める請求はいずれも理由がない。

二、被告国に対する第二次請求について

(一)  被告国は、原告らの被告国に対する第二次請求は原告らの被告委員会に対す第一次請求が認容されない場合の予備的請求であり、いわゆる主観的予備的請求の併合に当るものであつてかかる訴訟形式は不適法である旨本案前の主張をするので、まず、この点につき判断する。

最高裁判所昭和四三年三月八日判決は、一般の民事訴訟事件につき訴えの主観的予備的併合は不適法であると判示している。そして、一般に訴えの主観的予備的併合を不適法であるとする理由は、(イ)原告にとつては訴訟経済にかない、極めて便宜ではあるが、予備的請求の被告にとつては応訴上の地位の不安定と不利益を強いられることになり、民事訴訟の基本理念である当事者公平の原則に反すること、(ロ)客観的予備的併合におけるのと異なり、共同訴訟人独立の原則との関係から訴訟終了まで併合関係を維持することによつて得られる複数の被告との間での統一的裁判の保障がないこと、にあるといわれている。しかしながら、本件のように土地収用裁決取消請求を第一次的、損失補償金増額請求を第二次的とする主観的予備的併合については、一般の民事訴訟事件における主観的予備的併合の場合とは異なる特殊な事情が存するのであつて、その特殊の事情を検討したうえで、その許否を決すべきものである。

ところで、土地収用法一三三条は、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する不服については裁決に対する訴えとは別個の訴えによるべきものとし、しかもその訴えの当事者を土地所有者(又は関係人)と起業者としている。これは、損失補償に関する事項も裁決の内容の一部である以上、本来ならば裁決に対する不服としてその取消しを求めて収用委員会を相手に抗告訴訟を提起すべきところを損失補償に関する事項が私益的なものである点に着眼し、補償金を払渡すべき起業者とこれを受領すべき土地所有者との間で直接争わせることとしたものである。従つて、右損失補償に関する訴えはその本質においては抗告訴訟であり、損失補償金増額請求訴訟において被告となるべき起業者の地位は裁決取消請求訴訟の被告となるべき収用委員会のそれと同一基盤に立つものであるといわなければならない。

次に、収用裁決取消請求と損失補償金増額請求との関係をみるに、後者は収用裁決が適法であることを当然に前提とするものであるから、両請求は理論上相排斥する関係にあつて同時に両立し得ず、前者が第一次的、後者が第二次的となるべきものである。そこで、かりに、後者を予備的とする訴えの併合が許されないとすれば、土地所有者としては、まず収用裁決取消請求の訴えを提起し、その敗訴が確定したのち、損失補償金増額請求の訴えを提起するのが順序であるが、損失補償金増額請求の訴えの出訴期間は裁決書の正本の送達を受けた日から三月以内と定められている(土地収用法一三三条一項)ので、通常の場合収用裁決取消請求訴訟の判決が確定したときにはすでに右出訴期間が徒過していて、もはや損失補償金増額請求の訴えは提起できなくなつているはずである。右出訴期間を遵守しようとすれば、土地所有者としては一方で収用裁決取消請求の訴えを提起し、その結果を待たずに他方で別訴により損失補償金増額請求の訴えを提起しておかなければならないことになる。

そこで、収用裁決取消請求を第一次的、損失補償金増額請求を第二次的とする主観的予備的併合訴訟における場合と両請求が同時に別訴として訴訟になつた場合とで、損失補償金増額請求の被告である起業者の地位の不安定不利益に差異があるかどうかを考えるに、主観的予備的併合訴訟の場合、第二次被告の起業者は訴訟の当初から訴訟に関与しなければならないにもかかわらず、第一次の収用裁決取消請求が認容されれば、自己に対する損失補償金増額請求については判決を求めることができず、また収用裁決取消請求の認容判決が確定すれば、自己に対する右請求につき同意なくして訴訟係属を消滅させられることになりその地位が不安定不利益である(しかし、右請求の再訴を提起されるおそれはない)ことは否定できないが、しかしながら別訴による場合でも損失補償金増額請求訴訟の被告(起業者)の地位が不安定不利益であることは同様である。すなわち、損失補償金増額請求訴訟の被告としては、収用裁決取消請求訴訟とは別訴なのであるから、その訴訟進行と関係なく、自己の訴訟につき審理を進め判決を求めることができ、先に判決が確定することもあり得るが、収用裁決取消請求訴訟の認容判決が確定すれば、かりに自己の訴訟につき判決が確定していたとしても、それは全く無意味な判決となり、又判決確定前であれば、その後の訴訟続行は全く不必要となるのであり、その地位が不安定不利益であることは、前記主観的予備的併合訴訟の場合において判決が得られず、又同意なくして訴訟係属を消滅させられることとの間に実質的な差異はないのである。

そうだとすれば、前記主観的予備的併合訴訟における第二次被告たる起業者の地位の不安定不利益は、かかる訴訟形式をとることによつて特に生ずるものというよりは、むしろ前記のとおり損失補償金増額請求が収用裁決取消請求に対し第二次的関係にあること及びその出訴期間が制限されていることに由来するものであり、右被告の地位の不安定不利益をもつて前記主観的予備的併合を認め得ない理由とすることはできないといわなければならない。

そして、前記のとおり損失補償金増額請求は本来収用裁決の内容の一部に対する不服であり、収用裁決取消請求に対しては第二次的関係にあること、損失補償金増額請求訴訟の被告である起業者と収用裁決取消訴訟の被告である収用委員会の各地位が同一基盤に立つものであること、損失補償金増額請求訴訟の出訴期間が収用裁決取消請求訴訟のそれ(行政事件訴訟法一四条により裁決があつたことを知つた日から三ケ月以内)とほゞ同一期間に制限されていることなどを併せ考えると、土地所有者が収用裁決取消と損失補償金増額を共に訴訟上請求しようとする場合には、両請求につき別々に訴えを提起させるよりも、損失補償金増額請求を第二次的とする主観的予備的併合の訴えを提起させることの方が、審理の重複を避け、かつ、不必要な審理をしないですむ点で訴訟経済にかない、また収用裁決取消判決と損失補償金増額判決の併存という裁判の矛盾抵触を避けることができ、さらに同一収用裁決に関する紛争をできるかぎり一挙に解決したいであろう土地所有者の意思にも合致することになるのであり、主観的予備的併合を認める必要ないし実益は少なくないのである。

もつとも、右主観的予備的併合を認めても、被告両者相互間に参加的効力を認めるなどの立場をとらない以上、第一審において第一次の収用裁決取消請求認容の判決がなされ、これにつき上訴がなされた場合、第二次の損失補償金増額請求訴訟が移審しないため、併合関係を維持できないことになるが、この場合にも事実上第一次請求の判決が確定するまで審理を続行しないことにより(その結果第二次請求の被告の受ける地位の不安定不利益が当初から別訴によつた場合のそれと実質的に差異がないことは前述のとおりである)、前記裁判の矛盾抵触を避けることができるのであり、また、第一審において第一次請求棄却、第二次請求認容又は棄却の判決がなされ、第二次請求の判決についてのみ上訴がなされ、第一次請求の判決が確定した場合にも併合関係は消滅するが、この場合上訴において第二次請求の勝敗がどうであれ、第一次請求の確定判決と矛盾抵触する結果が生ずることは考えられない(第二次請求は第一次請求棄却が前提となるだけで、第一次請求棄却の場合には第二次請求が認容されなければならないという関係にないからである。この点で複数被告のうちいずれか一人に対して勝訴の機会を確保しようとする一般民事訴訟事件における主観的予備的併合の場合とは異なる)。従つて、前記の主観的予備的併合を不適法とする(ロ)の理由、すなわち訴訟終了まで併合関係を維持することによつて得られる複数の被告との間での統一的裁判の保障がないという非難は、右収用裁決取消請求と損失補償金増額請求との主観的予備的併合についてはあたらないというべきである。

以上の次第で、土地収用裁決に対し不服を申立てる土地所有者の利益を擁護するためには収用裁決取消請求を第一次的、損失補償金増額請求を第二次的とする訴えの主観的予備的併合を認める必要ないし実益があり、他方このような併合を認めても第二次請求の被告である起業者に対し当事者公平の原則に反するほどの犠牲を強いるものではないから、かかる訴訟形式も許され適法であると解するのが相当である。

そうだとすると、原告らの被告国に対する本訴第二次請求は適法であり、同被告の本案前の主張は理由がないといわなければならない。

(二)  そこで以下本案につき判断する。

(1)  収用補償金増額請求について

土地収用法(昭和三九年三月一〇日当時適用されたもの以下同じ)七二条は、収用する土地に対しては近傍類似の取引価格等を考慮して、相当な価格をもつて補償すべき旨定めている。そして、その相当な価格は土地の現在の地目にかかわらずその客観的利用価値によつて定められるべきであると考えられる。そこで、本件裁決がなされた昭和三九年三月一〇日当時の本件収用土地の相当な価格は何程であるかにつき検討するに、原告らはこれを一坪当り金二万五、〇〇〇円であると主張し、証人井上吉太郎、佐々木幸重及び小路秀男の各証言によれば、本件事業計画に基づき昭和三七年七月頃任意買収が行なわれた結果、本件国道路線沿いの地価が高騰したことが認められるが、昭和三九年三月一〇日現在の本件収用土地又はその近傍土地の相当な価格が原告ら主張の金額であると認めるに足る証拠はない。しかし、いずれも成立に争いのない乙第七号証の八ないし一三、乙第八号証、証人仁宮良徳の証言によつてその成立が認められる乙第一号証、いずれも公文書であつて真正に成立したものと認められる乙第二、第三号証、証人前川政義、三宅悦雄、中曾正太郎の各証言によれば、昭和三七年七月の任意買収の段階における本件収用土地の買収等級は宅地五等級であつたところ、本件収用土地の南西に隣接する二、二六七番二二の土地(二六・七八坪)、本件収用土地と小道を隔てて北東に接する二、二六七番一九の土地(八・四一坪)、右二、二六七番一九の土地よりやゝ北東に位置する二、二六七番一八の土地(四三・五八坪)はいずれも買収等級が宅地五等級であつてその買収代金は一坪当り金一万二、〇〇〇円であつたこと、右二、二六七番一八の土地の買収代金は、その元番である二、二六七番一〇の土地につき日本不動産研究所広島支所、松江地方法務局江津出張所長及び浜田税務署長が出した鑑定評価額を参考にして決定されたこと、そして、昭和三七年七月の任意買収に関する協議においては本件収用土地についても右二、二六七番一〇の土地と同額の一坪当り金一万二、〇〇〇円の買収額が提示されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右の事実によれば、昭和三七年七月当時の本件収用土地の相当価格は一坪当り金一万二、〇〇〇円であつたと認めるのが相当である。

ところで、前記のとおり証人井上吉太郎、佐々木幸重、小路秀男はいずれも任意買収後は都野津の土地の価格は一般に高騰した旨証言するが、本件裁決がなされた昭和三九年三月一〇日当時の本件収用土地の相当価格についてはこれを正確に認定する証拠はない、そして、証人仁宮良徳、片山貢の各証言によつてそれぞれその成立が認められる乙第四、第五号証、いずれも公文書であつて真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二によれば、昭和三八年一二月、本件収用土地について、日本不動産研究所広島支所は一坪当り金一万二、〇〇〇円と松江地方法務局江津出張所登記官吏は一坪当り金一万円と、浜田税務署長は一坪当り金五、四九四円とそれぞれ鑑定評価した事実が、証人前川政義の証言によれば、起業者たる被告国においては右三者の評価を参考に本件収用土地の損失補償金を一坪当り金一万円と決定した事実が認められる。しかし、同証人の証言によつても本件収用土地の損失補償金を一坪当り金一万円と決定した具体的根拠については明らかでなく、前記のとおり既に昭和三七年七月の任意買収の段階において、本件収用土地に隣接するほぼ同じ条件の土地についての買収代金が一坪当り金一万二、〇〇〇円であつたこと並びに本件収用土地についても同額の買収額が提示されている事実から考えると、右時期から約一年八月後の本件裁決時において本件収用土地について右の価格以下である一坪当り金一万円をもつて相当価格とすることは妥当ではないと考えられる。しかして、島根県総務部統計課算定の家賃、地代についての消費者物価指数(島根県統計書)が昭和三五年を一〇〇とすれば、昭和三七年七月は一一三・一、昭和三九年二月は一四四・六であることは当裁判所に顕著な事実であり、右物価指数から計算すると昭和三九年二月における地代が昭和三七年七月のそれより約二七・九パーセント上昇していることは明らかであるところ、前記のとおり昭和三七年七月当時の本件収用土地の相当価格は一坪当り金一万二、〇〇〇円であるから、当裁判所はこれに右物価上昇率を乗じて得た額、即ち一坪当り金一万五、三〇〇円(一〇〇円未満切捨)をもつて本件裁決当時の本件収用土地の相当価格であると判断する。してみると、本件裁決における本件収用土地の損失補償金は右割合により計算した金三〇万六、一五三円としなければならなかつたものである。

ところで、原告らは本件収用土地の損失補償金を一坪当り金二万五、〇〇〇円として算出し、被告国の既に弁済供託済みの金額を差引き、同被告に対しその残額の支払を求める給付判決を求めている。しかし、先に述べたとおり、損失補償に関する訴えは実質的には収用委員会の裁決に対する抗告訴訟であつて、そのうち補償金の増減を求める訴えは収用委員会の裁決のうち補償金の部分の変更を求める形成の訴と解するのが相当であるから、原告の右訴えを単なる給付請求訴訟と解するときは不適法として却下を免れないが、原告らの右訴えには被告委員会の裁決中本件収用土地に対する損失補償金額を金五〇万〇、二五〇円に変更する旨の形成判決を求める趣旨が包含されていると解するのが相当であるから、原告らの本訴請求は本件裁決中、本件収用土地に対する損失補償金を一坪当り金一万五、三〇〇円の割合で計算した金三〇万六、一五三円に変更する限度で理由があるというべきである。

(2)  残地補償金増額請求について

本件残地の現況が畑であることは当事者間に争いがない。そして、原告らは本件残地を近く宅地として使用する予定であり、宅地の用に供するためには盛土が必要であるから盛土工事に要する費用をもつて残地補償金とすべき旨主張する。しかし、土地収用法七五条によつて盛土工事に要する費用を補償しなければならないのは、盛土することが残地を従来の用法に用いるために不可欠な場合のみであり、盛土しなければ当初予定していた目的に供することができないというだけでは右の場合に当らないものと解すべきである。従つて、たとえ原告らが残地を宅地として使用する予定であつたとしても、それだけでは盛土工事費用の補償を請求することはできない(なお、原告らは本件残地の北側に国道ができたため、盛土をしなければ本件残地に排水がたまつて使用不能となる旨主張するが、検証の結果に照して右主張事実は認めることができない)。

しかし、同法七四条一項によれば、同一土地所有者に属する一団の土地の一部を収用することによつて残地の価格が減じたときはその損失を補償すべき旨を定めているところ、二、二六七番四の土地が本件裁決に基づく収用によつてその面積がほぼ二分の一に減少したことは当事者間に争いがなく、又、前掲乙第八号証及び検証の結果によれば、本件残地は右収用によりその形状が長方形から台形になつたことが認められる。そうすると、原告らが本件残地を従来どおり畑として使用する場合においても右のような面積の減少、形状の悪化により本件残地の価格は減じたものと認めるのが相当である。

そこで、本件残地の損失補償金額につき検討するに、前掲乙第一、二、第三号証、証人仁宮良徳の証言によつてその成立が認められる乙第九号証の四、証人前川政義、中曾正太郎の各証言によれば、昭和三七年七月の任意買収の際には、前記二、二六七番一〇の土地の残地(三・六九坪)の損失補償金を日本不動産研究所広島支所は一坪当り金九、〇〇〇円と、松江地方法務局江津出張所長は一坪当り金二、四〇〇円と、浜田税務署長は一坪当り金四、五〇〇円とそれぞれ鑑定評価したこと、前記二、二六七番二二の土地の残地(八・九坪)の損失補償金は一坪当り金六、〇〇〇円であつたこと、任意買収の協議の段階においては本件残地についても一坪当り金六、〇〇〇円の損失補償金額が提示されたことがいずれも認められ、右認定に反する証拠はない。そして右の事実を総合すると、昭和三七年七月当時の本件残地の損失補償金は一坪当り金六、〇〇〇円であつたと認めるのが相当である。そして、証人仁宮良徳の証言によつてその成立が認められる乙第一〇号証の一によれば、日本不動産研究所広島支所は昭和三八年一二月、本件残地の損失補償金を一坪当り約八、〇〇〇円と評価していた事実が認められるが、右乙第一〇号証の一及び右証人仁宮良徳の証言によるも未だその評価の具体的根拠が明確でないので、当裁判所は前記本件収用土地の損失補償金におけると同様に昭和三七年七月当時の本件残地の損失補償金一坪当り金六、〇〇〇円を基準とし、これに前記物価上昇率を乗じて得た額、即ち一坪当り金七、六〇〇円(一〇〇円未満切捨)をもつて本件裁決がなされた昭和三九年三月一〇日当時における本件残地の相当な損失補償金額と判断する。そうすると、本件裁決における本件残地の損失補償金は右割合により計算した金一五万二、六〇八円としなければならなかつたものであるが、原告らは右補償金についてもこれを一坪当り金一万円として算出し、被告国の既に弁済供託済みの金額を差引き、同被告に対しその残額の支払を求める給付判決を求めている。しかしながら、原告らの右訴えには、本件収用土地の損失補償金の判断において述べたと同様の理由により、被告委員会の裁決中本件残地に対する損失補償金額を金二四万〇、九六〇円に変更する旨の形成判決を求める趣旨が包含されていると解すべきであるので、原告らの右請求は本件裁決中、本件残地に対する損失補償金を一坪当り金七、六〇〇円の割合で計算した金一五万二、六〇八円に変更する限度で理由があるというべきである。

(3)  そして原告らが本件収用土地及び本件残地を原告ら主張の持分をもつて共有している事実は当事者間に争いがないから右(1)、(2)の合計金四五万八、七六一円を右持分の割合に按分して各原告別の損失補償金を求めると、原告フジにつき金一五万二、九二〇円(円未満四捨五入)、その余の原告らにつき各金一〇万一、九四七円(円未満四捨五入)となることは計算上明らかである。

三、以上の次第であるから、原告らの被告委員会に対する第一次請求は理由がないのでいずれもこれを棄却し、被告国に対する第二次請求は、本件裁決中、本件収用土地に対する損失補償金を金三〇万六、一五三円、本件残地に対する損失補償金を金一五万二、六〇八円、各人別の損失補償金を佐々木フジにつき金一五万二、九二〇円、佐々木隆一、佐々木亮治、佐々木敬勝につき各金一〇万一、九四七円にそれぞれ変更する旨を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 元吉麗子 野間洋之助 辻中栄世)

(別紙図面省略)

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